津藩祖 藤堂高虎公 ゆかりの地
ページ番号1014085 更新日 2026年10月30日
築城の名手とされる藤堂高虎公は、慶長13(1608)年に伊予国(現在の愛媛県)今治から伊賀国・伊勢国に転封となり、丹波篠山城や大坂城の築城に関わりながら、津城や城下町の整備に力を入れました。市内各所に残る高虎公ゆかりの地の一部をご紹介します。
津城跡(丸之内)

高虎公は伊賀・伊勢に入府すると、慶長16(1611)年から津城の大改修を行いました。現在、お城公園として親しまれる津城跡は、平成29年に日本城郭協会の「続日本100名城」に選定されています。隣接する高山神社には高虎公が祭神としてまつられています。
観音寺(大門)

観音寺は津城跡からみて鬼門の方角(北東)にあたり、高虎公は関ケ原の合戦に伴う安濃津の戦いで焼失した観音寺を再建し、藤堂家の祈願所としました。昭和20年の空襲で当時の建物は焼失しましたが、観音堂の正面には高虎公が寄進した銅灯籠が残っています。
四天王寺(栄町)

四天王寺境内には、高虎公の正室であった久芳夫人の墓所があります。久芳夫人は但馬国(現在の兵庫県北部)出身で、天正9(1581)年に高虎公と結婚しました。久芳夫人が亡くなると、悲しんだ高虎公は四天王寺に墓所を設け、津城内で夫人が生活していた建物を寺に移築し、弔ったと伝わります。
藤堂家墓地(寿町)

寒松院墓地には、高虎公をはじめ、津藩ゆかりの歴代藩主や関係者の墓が並んでいます。寛永7(1630)年に亡くなった高虎公は、東京の上野にある寒松院の墓地に葬られましたが、各地に供養碑や墓所があり、津の寒松院もその一つです。歴代の藩主の中には、津の藤堂家墓地に埋葬されている例もあります。
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