#4「 誠之小学校 タブレット端末の活用」

ページ番号1013785  更新日 2026年10月1日

#4 誠之小学校 タブレット端末の活用の深掘りインタビュー

誠之小学校の先生方
誠之小学校の先生たち

誠之小学校は1人1台タブレット端末を効果的に活用した授業を展開しています。
タブレットの活用はあくまでも補助的な使い方であり、子どもたち同士の対話や、繋がりを意識した授業が展開されています。
今回は小学校2年担任の大川先生、小学校4年担任の岡根先生、小学校6年担任の松野先生、研究担当の垂髪先生に授業の際に大切にしていることをインタビューしました。

誠之小の授業の核 「学びのサイクル」

教科書のスイミーを音読する2年生
教科書のスイミーを音読する様子

市野: 今回は授業を見せていただいて本当にありがとうございました。 今日の授業の中で「ここが良いな」と思った子どもの具体的な姿を語り合いたいと思ってます。 それでは、それぞれの学年の先生方の「授業の設計意図」から聞いていきたいと思います。

大川先生: 分かりました。 今回、授業を作る中で、事前にうない先生から「『学びのサイクル』を意識していきましょう」という話をしてもらっていました。なので、今回の授業では、自分なりに「学びのサイクル」という位置づけを、自分の中でちょっと噛み砕いて設計してみたんです。

市野:具体的にはどのようにイメージされたんですか?

大川先生: まず、教科書を読んで自分の「お気に入りの場面」を決めます。その後に、教科書から理由を拾ってきたり、同じ場面を選んだ子たちから理由を聞いてきたり、違う場面の子たちのところからも聞いてくる。ここが最初のステップである「課題の設定」と「情報の収集」です。

岡根先生: なるほど、教科書や周りの友だちから情報を集めてくるわけですね。

大川先生: そうです。で、その集めた情報をもとに、今度はクラゲチャート(シンキングツール)を使って、自分がその場面を好きな理由をランキング付けする。これが「整理分析」。 そして、その整理分析をした後に、最終的にノートにまとめていく。これが「まとめ表現」です。 こういう「学びのサイクル」を自分の中でイメージして、今回の授業に臨みました。これが他の教科でもどう位置づけられていくのかなって、今いろいろ考えながら進めているところです。

市野: 素晴らしいですね。先生が「今これはまとめ表現だな」って頭の中で意識しながらやっておられるのと、全く意識せずにやっているのとでは、子どもたちへの浸透具合も、指導の深さも全然違ってきますよね。 研修担当の垂髪先生、このあたりの「学びのサイクル」の捉え方はいかがですか?

垂髪先生: そうですね。この「学びのサイクル」は、1つの授業(45分)の中でも活用できるし、こうやって単元全体を通して回していくというのも考えられます。 「じゃあ今回のこの単元は1時間ごとに小さくサイクルを回そう」とか、「この単元は全体で大きく回そう」とか、先生方がそれぞれの学年や教科、子どもたちの発達段階に合わせて主体的に考えて組み立ててくれているのが、すごくいいなと思っています。

誠之小学校に掲示されている 学びのサイクル
誠之小学校に掲示されている学びのサイクル

【低学年】タブレットが拓く「安心」と「対話」の扉

タブレットを見ながら対話をしている様子
タブレットを見ながら対話をしているこどもたち

市野: 大川先生、まだ6月で、タブレットを本格的に使い始めて2ヶ月ちょっとですよね。あんなに色々と子どもたちに活用の工夫を仕掛けているのですか?

大川先生: そうですね。結構、算数や道徳の授業でもタブレットを使って活動をしてきたんです。でも、最初はやっぱりキーボード入力とか文字入力があまり上手にできなかったので、「色を変える」っていう極めてシンプルなところからスタートしたんですよ。 「同じ色」「違う色」って分けるだけで、教師も子どもの考えを視覚的にパッと見取れるし、子どもたちも「あ、あの子は自分と同じ考えなんだな」とか「今はこういう気持ちなんだな」っていうのがパッと見て分かるところからスタートしていきました。

市野: 今日も実際に子どもたちが画面の色を変えて、それをお互いに見ながら動いている様子がすごくありましたね。何か印象的な子どもの姿とか、「この子がこんな風に動いていた!」というエピソードはありますか?

大川先生: ありました! 今日、教科書を読んでいた男の子がいたんですけど……。 その子が、やっぱり最初はなかなか活動に参加できなくて。僕も「この活動の見通しはこうだよ、こうやって進めていくよ」って隣で伝えながら見守っていたんです。でも、自分の意見(色)をタブレット上に示したところで、一旦その活動が終わってしまったんですね。 ところが、授業の後半のことなんですけど、その子が、同じ色(同じ意見)の友だちを画面上で見つけて、自分からその子のところに行って「僕はここがお気に入りでした」って話しに行ったんですよ! で、相手の子の話もじっと聞いていて。 普段は自分から話に行くことが難しい子だったんですけど、タブレットを使ったことで、他の友だちの中に「自分と同じお気に入りの場面」という、いわば同じ価値観を持った子を見つけやすくなったんですね。だからこそ、安心して「聞きに行こう!」って自ら動き出せたんです。あの姿は本当に印象的でした。

市野: うわあ、それはすごくいいシーンですね……! 確かに、何もない状態から「喋りに行っておいで」って言われても、低学年の子には話しづらいかもしれないけれど。タブレットに同じ色が見えているからこそ、それが「話すきっかけ」になるんですね。

大川先生: そうなんです。あと、同じ場面を選んだ子同士でグループになったんですけど、そこからクラゲチャート(シンキングツール)を使って、その場面が好きな理由をランキング付けさせたんです。 そうすると、「同じお気に入りの場面を選んで、同じ理由を並べているのに、人によって理由のランキング(順位付け)が違うぞ!」というズレが出てきたんですよ。

松野先生: あ、そこが面白い。同じ場所を推しているのに、こだわりたいポイントが全然違ってくる。

大川先生: そうそう! そこが子どもたちにとって「え、なんで!?」って知りたくなる、聞きたくなるポイントになったんです。 僕としては、国語の物語を読み深める中で「もう一度教科書に立ち戻らせたい、教科書から見つけさせたい」というこだわりがあったので、子どもたちが「なんで順位が違うの?」ってなった瞬間に「じゃあ、もう1回教科書を読み直してごらん」と。そうやってすり合わせていく中で、問いがあるからこそ物語の読みがどんどん深まっていきました。

垂髪先生: 2年生でシンキングツールを使いこなすって本当に高度ですけど、子どもたちは何度も繰り返すうちにやり方を獲得していったんですか?

大川先生: そうですね。僕自身、一方的に「こうしなさい」と指導して授業を進めるのは目指していなくて、子どもたちが主体的に「自走」していける環境を作りたかったんです。 だから今回も、タブレットの上に「先生の見本」みたいなものをそっと載せておいたんですよ。そうすると、次の活動に行ったときに、子どもたちは僕に聞く前にそれを見て自分で勉強を進められる。僕のところに「先生、次どうするの?」って聞きにくる子がすごく少なかったのも、この自走できる土台(環境)があったからかなと思います。

市野: 本当に子どもたちが主体的に、いっぱい喋っていましたもんね。 見ていて思ったのが、あのシンキングツールのクラゲチャートってすごくて。もしこれを全部文章で書かせようとすると、「1番目はこれこれで、2番目はこれこれだから……」って、ものすごく文章が多くなって大変じゃないですか。 語彙力がまだ少ない小学校1、2年生の子たちにとって、あのクラゲチャートだと「あ、これがこういう関係性なんだな」というのが、パッと見て視覚的にスッと頭に入ってくる。低学年がビジュアルで思考を整理して理解するのに、ものすごく適したツールだなと強く感じました。

大川先生: 本当にそうですね。言葉だけで表そうとすると難しいことも、ツールが視覚的に助けてくれるんです。

【中学年】積み重ねが育む「めあての自律」と「共有の日常化」

タブレットに自分ができたことを書き込んでいる
タブレットに自分ができたことを書き込んでいる様子

市野: なるほど。2年生の段階から、タブレットを人と繋がる道具として、しかも子どもたち自身が「自走」する土台として使っているんですね。 この「自走」というキーワードで言うと、4年生の岡根先生のクラスの子どもたちも本当にすごかったなと思って。

岡根先生: ありがとうございます。 僕も今回、授業の動画を撮るってなった時に「一体何を見てもらえばいいんやろう」って色々考えたんですよね。大川先生のように「学びのサイクル」をしっかり意識して授業を組み立てられたかというと、正直そこまでは意識できなかったんですけど……。 でも、子どもたちが自分でめあてを考えて、「今日はこれをするぞ」って自分で決めて動く、というところは4年生でもずっとやってきています。今ではもう「今日のめあてを書こうね」って言うだけで、本当にすぐスラスラ書けるところまで育っているんですよ。

市野: いや、今日のめあてを自分で書くって、実はものすごく難しいことですよね。他の学校だと「今日のめあて」を先生が黒板に書いて、子どもがそれをノートに写すだけでも一苦労、みたいな話をよく聞きます。それが4年生で「すっと書ける」というのは驚きでした。

岡根先生: そうですね。やっぱり去年の4月に、目指す子ども像を研修担当のうない先生に決めていただいて、そこに向けてみんなでアプローチしてきた成果なのかなと。子どもたち自身が「自分はこうしたいんだ!」っていう気持ちをすごく持っているので、これまでの毎日の積み重ねが今に繋がっているなと肌感覚で思っています。

松野先生: 4年生でそれだけ書けていると、5年、6年になった時が本当に楽しみですよね。

岡根先生: はい! 実際、去年僕が6年生を受け持った時も、1単元まるまる「こんな感じで進めたらどうかな?」って子どもたち自身がプランニングして、自分で学びを計画立てて進めることができたんです。だから、発達段階に応じて、子どもたちはもう無意識のうちにこの「学びのサイクル」を回しているんだなという感覚がありますね。

市野: なるほど、低学年からの連続した積み重ねがあるからこそ、その力が育つわけですね。 今日の4年生の授業でも、国語の作文で……確か、つなぎ言葉(接続詞)を意識しながらグループで作文を作る、という活動でしたよね。 僕が見ていて面白いなと思ったのが、最初のうちはみんな「うーん」とムズムズしているというか、なかなか書き進められない混沌とした時間があったじゃないですか。あの時、岡根先生はどんな風に子どもたちを見取っていたんですか?

岡根先生: やっぱり、僕たちの授業って「子どもたちが自走していくこと」がゴールなので、あんまり早くから手出しはしたくないんです。でも、ただ放置するわけじゃなくて、子どもたちが動き出すための「きっかけ」を必死で探していました。 そのために、共有ノートの画面をリアルタイムでじーっと注視していたんです。「あ、この子はここまで書けているな」「この子はここで手が止まっているな」っていうのを画面上で見取りながら、良いきっかけを提供しようと一生懸命タブレットを見ていました。

市野: あ! だから授業中、先生はあの共有ノートの画面を食い入るように見つめていたんですね。 そしたら途中で、ある子が「丸付けをしている場面」をパッと全体に共有されましたよね。あれはすごく印象的だったんですが、どういう意図があったんですか?

岡根先生: 今日の授業の条件として、「つなぎ言葉を5つより多く見つけられるといいよね」というゴールを黒板にも書いておいたんです。でも、実際に子どもたちがそれをどこまで意識できているか、不透明な部分があったんですね。 そんな時に、共有ノート上で、つなぎ言葉をしっかり意識して丸付けをしている子を見つけたんです。だから「あ、つなぎ言葉5個あったな」と、もう一度みんなを条件に立ち返らせるために、その子の丸付けの画面を全体に紹介しました。

垂髪先生: あの声かけ、すごく自然で良かったです。全体の動きがグッと引き締まりましたよね。

岡根先生: ありがとうございます。あとは、他の子の共有ノートを覗きにいく、つまり「情報収集をする力」を今の4年生の段階でつけておきたかったというのもあります。まずは友だちのノートを「見る」、そして「見ることは大事なんだ」と感じ取らせるために、「1回みんなのノートに入ってごらん」と言って全体共有の機能を使いました。

市野: そうやって日常的に人のノートを見るわけですね。 ただ、ちょっと素朴な疑問なんですけど、子どもたちの中に「自分の考えを人に見られるのが嫌だ」とか「恥ずかしい」っていう子はいなかったんですか?

岡根先生: それはですね、やっぱりこれも日々の積み重ねなんです。 うちのクラスでは、毎日の日記をあえてクイズ形式にして共有したり、振り返りをみんなで順に読み合ったり、提出箱の回答共有を日常的にずーっと繰り返してきました。そうやって「自分の書いたものがみんなに見られること」を毎日経験していくうちに、子どもたちの中から「えーっ」ていう抵抗感のある声はどんどん少なくなっていきましたね。

松野先生: 確かに、慣れの部分はすごく大きいですよね。 高学年になってくると、子どもたちも「先生、これ回答共有する?」って聞いてくるようになります。「共有するよ」って言うと、「あ、共有するならこういう風に書こう」って、良い意味で『人に見られること』を意識してアウトプットをコントロールし始めるんです。

市野: なるほど! 一つ疑問なんですが、 「関係ができてから共有できるようになる」のか、それとも「オープンに共有するから関係ができていく」のか、どちらなんでしょうね?

松野先生: 僕は、どっちが先かはそんなに大きな問題じゃないと思っています。そういう共有する状況が先に来たとしても、子どもたちはその場に合わせてちゃんと関係性を作っていきますから。大事なのは、その状況の中で僕たちがどういう声をかけ、どういう人間関係を作っていくか、ですね。

大川先生: 本当にそうですね。タブレットを使い慣れていくと、それが「孤立」を招くんじゃなくて、逆に「あの子の考えを見に行こう」「同じ考えだから喋りに行こう」という、温かい繋がりを日常の中に作ってくれるんだなと実感しています

【高学年】あえて「混沌とした状況」を作り、モヤモヤから動き出すことを信じて待つ

タブレットを見ながら考えたことを黒板に表現している
タブレットを見ながら考えたことを黒板に表現している様子

市野: 岡根先生、ありがとうございます。4年生までの見事な積み重ね、そして「共有の日常化」のお話、すごく腑に落ちました。 さて、ここからはそのバトンをしっかりと受け取った最高学年、6年生の松野先生にお話を伺いたいです。今日の算数の授業、とにかく子どもたちの動きがものすごく活発でしたね。

松野先生: そうですね。6年生は、今日の授業はもう完全にタブレットの活用を意識した授業でした。 というのも、僕の中では「子どもたちはあくまで対話を中心に授業を展開していく」というのがあって、タブレットはその対話を補助するためのツールとしてこれだけあれば十分かな、と思っています。 今日、自分が1番意識していたのは、「子どもたちがどれだけ自分から動いてくれるか」という部分でした。

市野: 「子どもたちが自分から動く」ですか?

松野先生: はい。だから、今回は、わざと繋がるための仕掛けを作ったんです。 実質は同じ中身なんですが「問い方が少しだけ違う2通りの課題」を、全員にランダムにバーっと配ったんですよ。

大川先生: あ、あえてバラバラに配ったんですね!

松野先生: そうなんです。そうしたら案の定、「え、隣と違うぞ?」とか「なんか分からん!」ってなって、友だちのカードを覗き込みに動いたり、「そっちのカード何やっとるの?」って、自然とあちこちで交流が生まれたりしました。 いつもの授業でもあんな感じにはなるんですけど、いつも以上に周りの子が何をしているかをすごく気にして、自分から動いてくれたなと感じました。

市野: いやあ、確かに見ていて教室中がものすごく活気づいていました。ただ、見方によっては、どこで誰が何をやっているのか分からないような、かなり複雑で混沌とした(カオスな)状態にも見えました。あの時、松野先生はどう動いていたんですか?

松野先生: いや、正直に言いますけど、今日の子どもたちの動きはあまりにも活発で複雑すぎて、僕自身ちょっと把握しきれなかった部分もありました。うわあ、どうしようって。 でも、その中で僕が意識していたのは、教えることじゃなくて、どうやって見取って、どうやって繋げるかっていう「繋ぎ役」の部分です。 共有ノートの画面を見ながら、「この子は数直線にたどり着きそうだな」っていう子と「全く数直線を使っていない子」をパチッと繋げて、「ちょっと一回説明し合ってみて」と議論を続けさせてみました。頭の中で考えていることって複雑なので、やっぱり喋らないと分からないんですよね。だから「これってどういうこと?」って聞きに行って、足りない部分がある子を次の誰かと繋げていく。そんな意識でずっと回っていました。

市野: でも、最後の15分くらい、僕「あ、そろそろ松野先生が綺麗にまとめに入るのかな」と思って見ていたんです。そしたら、あえてまとめをせずに、モヤモヤした状態で授業を終わらせましたよね。あれは結構、勇気がいることなんじゃないですか?

松野先生: そうですね。最初はまとめに行こうかなとも思ったんです。でも、見てみると「やり方はできたし答えも出せたんだけど、なんかモヤモヤする……」って言っている子が何人もいました。その感覚は、やっぱり大事にしたくて。もし僕が最後に「やり方はこうだよ!」ってグッと引っ張って綺麗に抑えてしまえば、その時間はわかった気になるんです。でも、先生から詰め込まれた知識って、すぐに抜けちゃうと思うんです。それよりも、子どもたちが「え、これどうなんやろ?」ってモヤモヤして、次の時間に「前の時のあのモヤモヤって何やったっけ?」というところから入って、自分たちで説明しながらスッキリ解決した方が、絶対に子どもたち自身のものになる。だから、あえてまとめをせずに「足踏み」をして、次の授業へ持ち越すことにしました。

垂髪先生: それ、すごくよく分かります。私も授業をしていて、子どもたちの「ピンク(分かった)」のカードがなかなか増えてこなくて、みんなが「あれ? あれ?」って言っている時は、あえてまとめにはいかないですね。 あえて1日置いておくことで、子どもたちの頭の中に「問い」が残り続けるんです。「ちょっと家帰って考えてみて、また次の時間に話そう」って持ち越すことも、すごく大事な狙いの一つだと思います。

市野: でも、その「混沌とした、なかなか進まない状態」を目の前にして、教え込まずにじっと待てるのって本当にすごいなと思います。私だったら不安で耐えられないかもしれません(笑)。

松野先生: いや、僕だって不安はめちゃくちゃありますよ! 今日も残り20分くらいは「おお、やばいな……」って、心の中ではものすごい不安でした(笑)。 でも、そんな不安な中でも、じっと見ていくと、そのうちにいろんな子が数直線を書き始めたり、違う課題を持っていた子同士が「これ結局、同じ問題やん!」って気付き始めたりするんです。 だから、子どもを信じることってよく言いますけど、ただ放置するのとは紙一重なんです。信じて待つためには、やっぱり「リアルタイムで子どもたちの考えが一覧でバッと見えていること」が、僕らにとって絶対に必要なんですよ。

松野先生: もしこれが、昔ながらの紙と鉛筆だけで、みんなが手元でごちゃごちゃやっていて、あちこちで「わからん、わからん」って呟いているだけだったら、僕も不安でしょうがなくて、強引に自前で「実はこうなんだよ!」ってまとめてしまっていたと思います。全体の動きがリアルタイムで視覚的にモニタリングできるからこそ、「あ、あの子もここまで掴んでいるな、じゃあ次の時間に収束できるな」と、一歩引いて待つことができるんです。

誰一人取り残さない:個々の「得意」と「学び方」の保障

Zoomで参加しているクラスメイトに自分の考えを伝えている様子
ZOOMで参加しているクラスメイトに自分の考えを伝えている様子

市野: 松野先生、ありがとうございます。子どもを信じることと放任は紙一重だけれど、リアルタイムで子どもたちの考えが一覧で見えるからこそ信じて待てる、というお話はまさに目の覚めるような視点でした。今回のもう一つの大きなテーマである「誰一人取り残さない」や「好きを育み得意を伸ばす」という視点にめちゃくちゃ繋がってくると思うんです。 よく世間では「ICTとかタブレットを使うと、子どもたちがそれぞれ画面に没頭して孤立してしまうんじゃないか」というイメージを持つ人も結構いると思うんですが、そのあたりはどう思われますか?

松野先生: それはもう、本当に「使い方次第」じゃないかなと思いますね。 自分の席でぐっと自分の考えに入り込んで、いろんなところから情報を得て集約して、自分と向き合って深く考える。これはこれである種「孤立」はしていますけど、そういう自己と向き合う時間にはすごく価値があると思うんです。 でもそうじゃない使い方、つまり「他者を意識しなければ授業が進行しないような仕掛け」にしておけば、タブレットは他者と繋がるためのものすごく強力なツールになり得るんですよね。

市野: なるほど。授業の仕掛け次第でどちらにもなると。

大川先生: 2年生の段階でも、僕は子どもたちにこのタブレットの「価値付け」をすごく意識して伝えているんです。 「タブレットは、1人で学ぶための道具じゃないんだよ。これを使うことで、みんなと繋がれるんだよ」って。 わざわざ学校に来て、みんなで集まって授業をする意義って、やっぱり「他者を意識する」とか「お互いに試行錯誤する」というところにあると思うんですよね。だから子どもたちには、これは「人と繋がるためのツールなんだよ」というメッセージをずっと伝えています。

垂髪先生: だから、誠之小の子どもたちはタブレットを使いながらも、画面を見つめたまま固まるんじゃなくて、自然と友だちのところへ喋りに行くんですよね。 共有ノートで人の考えが見えるからこそ、「あ、あの人が分からないって言っているから聞きに行こう、教えに行こう」って自分で選べる。 これって単なる学習ソフトの活用を超えて、「ICTがある前提での学級経営」であり、一つの「仲間作り」のツールになっているなと感じます。

市野: まさに「人と人と知識と知識が繋がるタブレット」ですね。 そうやってお互いに繋がり合える土台があるからこそ、一人ひとりの個性や「得意」も保障されていくんでしょうか。

松野先生: そうですね。今日の僕の授業でも、1人の男の子がいたんです。最初に考えをバーっと書いて「先生、できた!」って言ってきたんですけど、あの子、実は数直線を書くのが大嫌いなんですよ。

市野: そういった子いますよね。絶対途中式や図を書きたくないと譲らない子。

松野先生: 本当に全力で拒否するんです(笑)。「そんな無駄なことはしたくない」って。 あの子は考え方がすごく効率的で、頭の中でイメージする力がものすごくある。だから、わざわざ数直線を書かなくても、式の仕組みが分かれば「元で割れば全部できるじゃん」って、本質を掴んでバーっと計算して答えを出してしまうんです。 従来の授業だったら、教師は「いや、今日のめあては数直線だから、ちゃんと数直線を書きなさい!」って一斉指導で強制しがちですよね。

市野: あー、やりがちですね。「数直線を描くまでがセットですよ」って。

松野先生: でも、そこで無理に書かせたら、きっとあの子は「あぁ……」って嫌になって、算数への意欲や得意な部分が潰れてしまっていたと思うんです。 だから僕は、その子に「数直線を書きなさい」とは言いませんでした。代わりに、「君の考えは式だけで分かりにくいから、これを友だちに説明して、相手が『分かった!』って言ってくれるか試してごらん」と。そうやって彼なりの学び方を保証しながら、彼が一歩進めるような課題を与えたんです。 彼自身の得意な部分を潰さずに、独自の理解の仕方を提案できるのも、今の授業スタイルだからこそできると、自分自身でも捉え方が変わった部分ですね。

大川先生: 個人の学び方の工夫という意味では、2年生でも僕の想像をはるかに超えてくる使い方をする子がいました。 国語の「こんなもの見つけたよ」という単元で、みんなに紹介したい町の素敵なところを文章に書く活動をしていたんです。 その時に、ある子が、タブレット上に自分の「まだできていない状態の文章」を写真に撮って載せて、そこから友だちと推敲して「直した後の完成した文章」を隣に並べて貼ったんです!

岡根先生: ええっ! 2年生でもそんなことできる子がいるんですか?

大川先生: そうなんです! まさに「ビフォーアフター」ですよね。 ノートだけだと、前の自分の文章と今の文章を見比べるのって難しいじゃないですか。でも、タブレットに写真で思考の足跡を残すことで、「自分はこう考えて、こんな風に変化したんだ」という自己成長を自分で確認(メタ認知)しているんです。 こういう多様な学び方の選択肢、工夫の幅が広いのも、タブレットの面白いところだなと思って。

市野: しかもそれって、共有ノートだから他の子も見られますよね?

大川先生: そうなんですよ! 途中で「Aくんがこんなすごいやり方してるよ」って全体に画面配信して投げかけたら、他の子も「あ、あのやり方いいな!」ってどんどん真似し始めたんです。 「僕の学び方を使ってくれた!」っていう喜びも生まれるし、クラス全体に良い学び方が伝播していく。子どもたち自身が「あぁしたい、こうしたい」って、課題をきっかけに学び方を自分でデザインしていけるようになる。これこそ、これからを生きていく力に直結していくんだろうなと、僕自身すごく感動しました。

今後の展望:自走を「深く」し、誠之の精神をアップデートする

タブレット端末に振り返りを記録する
タブレット端末に振り返りを記録する様子

市野: 最後に、これから「こういうことにチャレンジしたいな」ということを、教えてください

大川先生: やってみたい、というよりは僕の中での結構大きな課題なんですけど……。 子どもたちもだんだんタブレットをうまく使えるようになってきて、活用の広がりは見えてるんです。ただ、そこからどうやって「深い学び」に到達させるか。 子ども同士の繋がりもそうですけど、子どもたちが授業の中で、教材を通して「どんな学び方をしたのか」を、子どもたち自身で認知(メタ認知)できるようにしたいなと思っていて。

市野: 自分がどうやって学んだかを自分で意識する、ということですね。

大川先生: そうです。「今日はこういう問題があったけど、それにたどり着くためにこの道筋で行ったらできたよね」って、子どもたち自身が振り返りに書いてきたり、それを意識できたりするような仕掛けをしたいなと。 単に学習のスキルだけじゃなくて、教科の「見方・考え方」みたいなのを深く理解させて、「あ、分かった!」って思ってもらえるような仕掛け。これが、今チャレンジしてみたい自分の中での課題ですね。

市野: なるほど。ただ知識を得るだけじゃなくて、自分の学び方を自覚して、他の場面でも使える引き出しにしていく。それが「深い学び」ですね。 4年生の岡根先生はいかがですか?

岡根先生: 僕はですね、今、タブレットを使って漢字の学習を子どもたちだけでやってるんですが、うちの学校には「ロイロバース(学習モデル)」を元にして、自走できる子どもたちがだいぶ育ってきているんです。だったら、もっともっと子どもたちだけで授業を進めていって、自分たちで学び続けられる、そんな形ができたらなと思っています。 クラスの班でリーダーを中心にして授業をすすめることができる、子どもたちだけで学びを確立して自走していく。そして僕たち教員は、そこにそっと「寄り添う」だけ、みたいな関係性。 もちろん、全ての授業をその時間にするのはダメな気もするので、割合的には少なめでいいんですけど、子どもたちが自分たちで学びを確立していくところに、タブレットがそっと介在してくれたら嬉しいな、と思っています。

市野: 先生が教え込むんじゃなくて、子どもたちが自分たちで学びを組み立てて、先生は寄り添う立場になる。素晴らしい「自走の完成形」ですね。 6年生の松野先生、いかがですか?

松野先生: 僕はですね、「探究」的に学んでいく考え方を、なんとかして教科の授業の中に取り入れたいなと思っています。 だけど、どうしても教科書であったり、学習指導要領の内容だったり、あとは時数の縛りがありますよね。そこで踏みとどまれなかったり、流していかなければいけないところもあったりして、難しいのはもう十々承知なんですけど、それでも教科の中で探究をさせてみたいな、と。 社会科なんかは、本当に探究的に学びやすい教科でもあるんですけど、それと同時に、カリキュラムをどんどん進めていかないと終わらない教科でもある。そこのところですごく迷っているんですが……子どもたちは、その都度その都度、授業の中ですごく良い問いを持ってくるんですよ。

市野: 子どもからの自然な疑問ですね。例えばどんな問いですか?

松野先生: 例えば社会科の聖徳太子の学習の時に、ある子が「なんでそもそも聖徳太子は、そんな中国にわざわざ遣隋使なんて送ったん? 日本にそれだけ賢い人がおるんやったら、日本の中で考えときゃよかったやん。日本の中でやっときゃよかったんちゃうの?」みたいなことを言っていたんです。

大川先生: うわあ、すごい! 本質的な問いですね。

松野先生: そう、めちゃくちゃ素晴らしい問いなんです! 当時の歴史的な背景を調べていったら色々なところで繋がってくる、本当に大事な疑問なんですよ。 だけど、そこに集中して授業を進めていくことって、今のカリキュラムの枠組みだと難しかったりする。問いは問いとしてあるけれど、「流れとしてはこうですよ」って、結局そこをあまり強く取り上げることができずに流してしまう。それが僕の中ですごくジレンマで。 本当は、そういう探究的な学びのサイクルを、社会なり算数なり国語なりで回していきたい。子どもが持ってきた問いに対して、「あなたはこの問いを追求したらいいんだよ」と言ってあげられるような授業設計がしたい。教科書との兼ね合いは難しいですが、そこを目指してチャレンジしたいなと思っています。

市野: 子どもの「知りたい!」という本物の問いを、大人の都合やカリキュラムの都合で潰さずに、とことん探究させてあげる。理想的ですが、現場のジレンマも本当によく分かります。 最後に、研究担当の垂髪先生、全体を通して、そして今後の研究の進化についてお願いします。

垂髪先生: 今、先生方が言われたように、教科の「見方・考え方」という子どもたちの引き出しを、もっともっと増やしてあげたいなと思っています。 算数だったら、1時間ごとの「見方・考え方カード」をどんどん増やして、それを子どもたち自身の言葉で蓄積していく。先生方が言われたように、「あ、この時には、あの時使ったこれを使ったらいいんだ」という引き出しを、社会科などの他教科でも広げていきたいなと、今ちょっとやりかけているところです。 そして研究担当としては、やっぱりこの誠之小が培ってきた「ロイロバース」の素晴らしい精神を、新しく来られた先生方も無理なく共有できるようにしたい。 学校の元になる根幹の部分はぶらさずに、でも学校全体として常に新しい形へアップデートし続けていかなくちゃいけない。皆さんに見てもらって、誠之小学校の実践を外へ広げてもらっていますけど、やっぱり足元の学校自体をどんどんアップデートしていきたいですね。やりたいことはいっぱいあって、頭の中はそんな状態です(笑)。ちょっとずつ、みんなで頑張っていこうと思います。

市野: 素晴らしいお話をありがとうございました。ぶれない軸を持ちながら、常に目の前の子どもたちに合わせてアップデートしていく。 今日皆さんとお話しできて、本当に誠之小学校の「宝物」のような対談になりました。本当に長い時間、ありがとうございました! お疲れ様でした!

全員: お疲れ様でした! ありがとうございました!

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