#5 「高野尾小学校 自己調整する力を育むための学習」
ページ番号1013985 更新日 2026年10月16日
#5 高野尾小学校 自己調整する力を育むための学習 深掘りインタビュー
今回の深掘りインタビューは、高野尾小学校で取り組まれている「自己調整学習」と「全校算数」です。
子どもたちは、自分で学び方を選び、仲間と関わりながら、自分自身で学びを進めています。自分の考えをホワイトボードや黒板に表現したり、学年を越えて関わったりする子どもたちの姿が見られました。では、こうした子どもたちの姿は、どのようにして生まれてきたのでしょうか。
授業の中で何を大切にしているのか。子どもたちはどのように変化してきたのか。そして、教師はどのような思いで子どもたちと向き合っているのか。
今回は、実践を進める伊藤先生にお話を伺いながら、高野尾小学校の学びの秘密を、少しずつ解き明かしていきたいと思います。
(1) 高野尾小学校の授業が生み出す「学びの文化」
市野: 伊藤先生、本日は本当にお疲れ様でした! まずは今日の「全校算数」を終えての率直な手応えから伺いたいのですが、振り返ってみていかがでしたか?
伊藤先生: お疲れ様でした! そうですね、全校算数に関しては、高野尾の子どもたちは本当に前向きで、楽しみながら学習に取り組めているなと感じています。ただ、私の中では「全校算数だからこそできることって何だろう?」という問いを、常に自分に投げかけ続けているんです。
市野: 「全校だからこそできること」、ですか。
伊藤先生: はい。今日改めて感じたのは、やっぱり「非認知能力」を育てる場としての面白さですね。全校算数っていろんな学年が入り混じって学ぶじゃないですか。上の学年の子が下の子に対して、その学年に合わせた言葉にしっかり噛み砕いて教えてあげたり、逆に下の学年の子が遠慮せずに「ここ教えて!」って質問したりする。単なる知識の詰め込みを超えた、「学び方」や「人とのかかわり方」の力がすごくうまく作用している実感があります。
市野: 実は私、前回来させていただいた時と比べて、今日一番驚いたのが「アウトプットの量と密度」なんです! ホワイトボードにびっしり書き込まれた思考のプロセスや、あちこちで自然発生している対話の熱量が、以前よりも格段に高まっていましたよね。全体的に「自分の考えを外に出したい!」っていうエネルギーが溢れ出ていました。
伊藤先生: それは僕もすごく感じてました! でも実は、先生方に「ホワイトボードをもっと使わせてください」みたいな特別な指示を出したわけではないんですよ。
市野: ええっ、そうなんですか!? じゃあ、どうして急に子どもたちのアウトプットがあそこまで増えたんですか?
伊藤先生: 一番大きなきっかけは、前回の全校算数での子どもたちの「ある姿」なんです。前回、多目的室の黒板を使って、2・3年生が自分たちで勝手に書きながら勉強し始めた場面があったんですよ。僕はその姿を絶対に見逃さないぞと思って、逃さずキャッチしたんです。
市野: 先生が子どもの「見取り」を積極的に行っている証拠ですね!
伊藤先生: その後、今日の授業の冒頭で全員を集めて、「黒板やホワイトボードを使って考えを書き出すことの良さ」について、しっかり言葉にして伝えたんです。「書くことで頭が整理されるし、みんなと共有しやすくなるんだよ」って。
市野: ああ! 授業の導入で先生がされていた「価値付け」の場面ですね!
伊藤先生: そうです。ホワイトボードや黒板に自分の考えを書き出すことで、思考が整理されたり、他者と共有しやすくなったりする。その「良さ」を具体的に言語化して伝えたことで、子どもたちの中での「書くこと」に対するフットワークというか、ハードルが劇的に下がったのだと思います。
市野: なるほどなぁ……! 先生が前回の小さな「良い兆し」を逃さずに「価値付け」したからこそ、今日、みんなが当たり前のようにホワイトボードを使いこなして、あんなに動きのある展開が生まれたわけですね。
伊藤先生: 本当にそうなんです。やっぱり、一度きっかけがあって扉が開くと、子どもたちは勝手に自分で歩き始めるんですよね。先輩が書いている姿や、後輩が自由にアウトプットしている姿が互いに良い刺激になって、「勉強ってこうやって前向きにやっていいんだ!」という「学びの文化」みたいなものが、あの空間全体にじわっと広がってきている気がします。
市野: まさに「文化」という言葉がぴったりです! 単に「算数の問題を解く」だけじゃなくて、学校全体の学びの雰囲気そのものがアップデートされている感じがしました。
伊藤先生: 子どもたち自身、全校算数を本当に楽しみにしているんですよ。あの空気感で生まれた成功体験や学びの文化があるからこそ、「全校算数でできたんだから、いつもの学級の授業でもできるよね」って繋げられる。この「全校算数」と「普段の授業」の行ったり来たりの往還こそが、子どもたちが自分で学びを動かしていく(自走する)ための、大きな強みになっていると感じています。
(2) 「自分を律する力」はどう育ったのか
市野: 伊藤先生が担任している4年生の子どもたちについて、1学期からの変化を振り返ってみる中で、子どもたちの成長として特に手応えを感じている部分はどこでしょうか?
伊藤先生: 一番は、「自分を律する力」が格段に成長したなと感じています。 実は4月の段階で、今のような自由な学習スタイルを提示したときは、やっぱり子どもたちも戸惑っていたんですよね。中には、45分間の授業中、平気でずっとおしゃべりをして終わってしまう子もいたんです。
市野: 自由度が高くなった分、最初はそうなっちゃいますよね。そこで先生はどう対応されたんですか?
伊藤先生: 僕はそこを「1から10まで、それは違うよ」って頭ごなしに否定することはしなかったんです。 たとえ35分間喋りっぱなしだったとしても、最後の「分析(振り返り)」のところで、「今日は35分間喋ってしまった」と書くことができれば、それは「自分の状態を客観的に振り返れている(メタ認知できている)」ということじゃないですか。だから「それって最高なことなんだよ!」ってポジティブに捉えるようにしたんです。
市野: なるほど!「サボったこと」を責めるのではなくて、「それを自分で分析できたこと」を評価するわけですね!
伊藤先生: そうなんです。「じゃあ、次はどうする?」と問いかけて、その子が次の時間に5分間だけでも学習に向かえたとしたら、それはその子にとってめちゃくちゃ大きな「次の一歩」なんです。だから1学期の間は、とにかく徹底してポジティブフィードバックを続けました。
市野: 先生の中で、「これだけは絶対に守らせる」という基準みたいなものはあったんでしょうか?
伊藤先生: 唯一のルールは、「人の邪魔だけはしない」。この一点だけは厳しく線引きをしました。でも、それ以外に関しては基本的にどんな姿も肯定的に捉えるようにしたんです。 一斉授業のときって、どうしても教室の空気がどんより沈んでしまう瞬間があったりするじゃないですか。でも今は、どんな姿を見せても腹の底から「それでいいんだよ」と認めるようにしています。すると子どもたちも心が淀むことなく、「よし、次はこうしてみよう!」という前向きな思考に切り替わっていくんですよね。
市野: その温かい受け止めと価値付けの積み重ねが、今の子どもたちの姿にしっかり繋がっているんですね。
伊藤先生: はい。おかげで今では、35分間ずっとサボり続けるような子はもうほぼいません! 算数に対して自分から前向きに向き合う姿勢が、この1学期で本当にしっかりと身についたと確信しています。
(3) 「ぬるいフィードバック」からの脱却 ― 子どもの姿を価値付けるー
市野: 授業中、伊藤先生が教室内を回っているときの眼差しって、すごく独特の鋭さがありますよね。ただ優しく見守っているだけじゃなくて、一人ひとりを観察しながら言葉を慎重に選ばれているように見えます。あの教室の独特な「空気感」を作るために、先生が意識されていることって何でしょうか?
伊藤先生: 僕が最もこだわっていると言ってもいいのが、「ポジティブフィードバック」なんです。でも、それは決して「何でもかんでも褒める」みたいな「ぬるい」ものであってはならないと、自分に強く課しています。
市野: 「ぬるくないフィードバック」ですか! 単に褒めるのとは、具体的にどう違うんでしょうか?
伊藤先生: 単に「いいね」「すごいね」って言うだけじゃ、子どもの本当の成長には繋がらないんですよね。そうではなくて、その子が今とった行動や姿に、「どのような価値があり、学習科学的にどのような効果があるのか」を論理的に紐付けて伝えてあげるんです。
市野: 具体的にはどんな風に言葉をかけるんですか?
伊藤先生: 例えば、それまでやる気がなさそうにしていた子が、とりあえず机に向かって動き出し、問題を解き始めたとしますよね。そのときに僕は「やる気が出たね!」じゃなくて、「それは『作業興奮』っていう状態なんだよ。脳が動き出した証拠だね」と具体的に言語化して伝えるんです。
市野: なるほど! あえて「作業興奮」という学習科学の専門用語を使って伝えるんですね。
伊藤先生: そうなんです。そうやって言葉にしてあげると、子どもは「あ、俺、今すごいことをしたんだ」って自分の状態を客観的に捉えられる(メタ認知できる)ようになるんですよね。「気合いや根性で頑張る」のではなくて、脳の仕組みを理解して自分自身の行動をコントロールできるようになる。これこそが、自己調整学習の大きな良さなんです。
市野: 先生がじっと教室を見渡したり、考え込んだりしている時間って、まさにその「届けるべき言葉」を探している時間なんですね。
伊藤先生: まさにそうです! もし僕がそこで「いいね」って言うだけの「ぬるいフィードバック」しか返せなかったら、それは完全に僕の「教材研究不足」であり、「学習科学の研究不足」だと思っているんです。
市野: 自分に対してそこまで厳しく捉えられているとは……すごいプロ意識です。
伊藤先生: ぬるい言葉を返してしまったときは、本当に子どもに対して「申し訳ない!」という気持ちになりますね。その価値を捉えきれなかった自分を反省して、「次はどういう風に言葉を届けるべきか」を日々ルーティンのように研究し続けています。常に子どもたちを観察して、「どのタイミングで、どの理論を、誰に届けるか」。その一瞬のチャンスを狙いながら、僕は毎日教室をぐるぐると回り続けているんです。
(4)守・破・離 ― 「けテぶれ」を手段で終わらせない
市野: 伊藤先生が実践されている「けテぶれ(計画・テスト・分析・練習)」や「心マトリクス」、「QNKS(Q問い・N抜き出し・K組み立て・S整理)」といった手法は、子どもたちが自立して学ぶ上で本当に強力な武器になりますよね。でもその一方で、こうしたメソッドが独り歩きして、「型をこなすこと」自体が目的になってしまう懸念はありませんか?
伊藤先生: その点は、僕自身もすごく大切にしている部分なんです。僕はこれらのメソッドを届けるとき、「守・破・離(しゅ・は・り)」というフェーズを意識しています。
市野: 武道や芸能などでよく使われる言葉ですね! 学びの場では具体的にどう機能するんですか?
伊藤先生: まず最初のフェーズが「守」です。ここでは「けテぶれ」などの型を、まずは徹底的に示して守らせます。実は、この初期段階においては、「手段が目的化していても構わない」と僕は考えているんですよ。
市野: ええっ、意外です! 最初はただ型をなぞっているだけでも良いんですか?
伊藤先生: いいんです! 右も左も分からない状態で急に自由を渡されても、子どもたちは迷子になっちゃいますから。まずは型をしっかり身につける。そこから自分で学習を進められるようになってきたら、次の「破」のフェーズに進みます。
市野: 「破」に入ると、子どもたちにどんな変化が出てくるんでしょう?
伊藤先生: 例えば「けテぶれ」を自分なりにアレンジして「けテれぶ」にしてみたり(笑)、少しずつ型を崩し始めるんです。この変化って、自分に合った学び方を自分なりに模索している証拠なので、すごくポジティブな姿なんですよね。
市野: 自分なりにカスタマイズし始めるわけですね! そして最終的には「離」に向かっていくと。
伊藤先生: その通りです。最終的には自分自身の学び方を確立して、型から離れていくのが理想なんです。 実際に、昨年5年生から6年生へと持ち上がったクラスでは、三学期の方になると、教室で「けテぶれ」という言葉すら出なくなっていました。でも、子どもたちの学びの質はめちゃくちゃ豊かだったんです!
市野: 言葉すら必要なくなるほど、学びの作法が自分自身の血肉になっていたんですね。
伊藤先生: そうなんです。僕が何も言わなくても、子どもたちが生き生きと自分たちで学んでいる。その姿を見て、「あなたたちが豊かに学んでいるなら、もう型なんてどうでもいい、それでいいじゃん!」って腹から思えました。
市野: 先生のそのスタンスがあるからこそ、子どもたちも安心して自由になれるんですね。
伊藤先生: 僕は常に子どもたちに、「けテぶれじゃなくてもいいよ。むしろ、型に固まるな」というスタンスで接しています。 もし型から離れて迷子になったとしても、「分からなくなったら、また『けテぶれ』に戻ればいいんだよ」という安全基地があるからこそ、子どもたちは安心して新しい学び方にチャレンジして、遠くまで羽ばたいていける。この「型に固執しない」という教師側の柔軟な構えこそが、手段を目的化させないための最大の鍵だと信じています。
(5) 「誰一人取り残さない」とは何か ―砂浜で泳ぎ方を学ぶ子どもたちを支える―
市野: 津市でも「誰一人取り残さない」という教育目標を掲げていますが、伊藤先生はこの言葉を現場でどのように捉えて、体現されているんでしょうか?
伊藤先生: 「誰一人取り残さない」って聞くと、どうしても「学力をこぼさない、落とさない」という狭い視点になりがちですよね。でも、僕はもっと広く捉えているんです。 学校には、勉強に前向きになれない子や、教室にいてもなかなか願いを持てない子がどうしても一定数存在します。そうした子たちも含めて、一人ひとりが自分の個性を輝かせて、一生懸命に、そして人に優しく生きる。それを支援することこそが、僕の考える「取り残さない」ということなんです。
市野: なるほど。単なるテストの点数の底上げではなくて、一人の人間としての生き方や在り方を支えるということですね。
伊藤先生: はい。僕の教室のイメージって、穏やかな「砂浜」なんですよ。 泳ぎたい子はどんどん沖の方まで泳ぎに行く。一方で、泳げない子は砂浜で遊んでいる。僕はそれを「みんなが泳ぐのを見てるのもいいね」とか、「あそこまで泳げたんだね、すごいね」って、ニコニコしながら認める存在でありたいと思っているんです。
市野: 泳げない子を無理やり水の中に引っ張り込んだり、網で救い上げたりはしないわけですね。
伊藤先生: そうなんです。無理に救い上げるのではなくて、「その場に留まる権利」も認めてあげたいんですよね。 例えば算数の時間であっても、「今はどうしても○○がしたい!」という強い気持ちがあるなら、僕はそれを受け入れます。自分で決めて、行動して、その結果(算数が進まなかったこと)を自分で受け止める。そのプロセスを繰り返す中で、もし砂浜にいた子が、ふと足先を水につけたとしたら。その「次の一歩」を、僕は最大級のポジティブフィードバックで評価するんです。
市野: 先生のお話を伺っていると、教師が上から手を差し伸べて救い上げるのではなくて、子ども自身が自分のペースで泳ぎ方を学んだり、歩き出したりするのをじっと信じて待つ……という感覚に近いのでしょうか。
伊藤先生: まさにその通りです! とりあえず大人が救い上げればいいのではなくて、本当に救われるのって、その子自身に「歩き出す力」がついたときだと思うんですよね。 いつまでも楽な方に逃げ続けるのは違いますけど、自分なりに勇気を出して一歩を踏み出すことには、何物にも代えがたい価値があります。僕は教師として、子どもが自ら一歩を踏み出す背中をそっと押してあげられるような、そんな「伴走者」であり続けたいと考えています。
(6)「好きを育み得意を伸ばす」とは何か ー自分を知ることが、学びを進めるー
市野: 次に、「好きを育み得意を伸ばす」という点について伺わせてください。伊藤先生が取り組まれている「自己調整学習」のスタイルって、子どもたちの「好き」や「得意」といった個性に、どう繋がっていくとお考えですか?
伊藤先生: 僕が「けテぶれ」などのパッケージで行っている自己調整学習って、実は単なる「勉強のやり方」にとどまらないんです。毎日「今日は何をしようか」という問いから始まって、一日の終わりに「大分析(振り返り)」をする。このサイクルを毎日繰り返すこと自体が、究極の「自己理解システム」になっていると感じているんですよね。
市野: 「自己理解」のシステム、ですか!
伊藤先生: はい。これって授業だけじゃなくて、生活全般に適用できるんですよ。例えば「今日はゴミを10個拾おう」みたいな小さな目標から始めてもいい。それを1週間、1ヶ月、1学期とやり続けて、その都度「大分析」をしていくんです。「どんなことが成功したか」「どんな新しい自分に出会えたか」を問い続けることで、子どもたちは自分自身をすごく深掘りして知っていくんですよね。
市野: なるほどなぁ……! 自分を客観的に見つめる経験や時間が、圧倒的に増えるわけですね。
伊藤先生: その通りです。「自分は何が好きなのか」「何が苦手なのか」「自分は本当は何を願っているのか」。これらを客観的に見つめる時間が長くなることで、自分の人生に対してどうアプローチすべきかが見えてくるんですよ。「これが得意だからもっと伸ばしたい」「これは苦手だけど、こうやって工夫して克服してみよう」って、子どもが自分で自分に働きかけられるようになる。僕はそれをそっと支援しているに過ぎないんです。
市野: 自分の特性や強みを理解した上で、自分から動く。それって今の時代、特に求められている力ですよね。
伊藤先生: 特にこれからのAI時代においては、ここが決定的な差になると思っています。AIなどのツールがどれほど発達しても、結局、使う側の人間が「自分は何をしたいのか」という明確な願いを持っていなければ、AIからは「ぬるい結果」しか引き出せないんですよね。
市野: 確かに! ツールは「目的」があって初めて真価を発揮しますもんね。
伊藤先生: 「こういうことがしたいんだ!」という明確な目的があれば、AIはめちゃくちゃ強力なサポートツールになります。だからこそ、今のうちから自分の「好き」や「願い」を自覚して、それをカタチにできる力を養っておく。それが将来の人生の充実度を大きく左右すると信じています。
市野: 自分の理想の姿を描いて、そこに向かって「けテぶれ」のサイクルを回していく。その体験そのものが、子どもたちが未来を切り拓くための「一生ものの道具」になっているんですね。
伊藤先生: そうですね。テストの点数や学力を上げることももちろん大切ですが、それ以上に、自分の人生を自分らしく、面白がって作っていけるような「自分オリジナルの学習スタイル」を確立してほしい。それこそが、僕の理想とする世界なんです。
(7) 教師もまた学び続ける ― 変化を「デフォルト」に
市野: 素晴らしいお話をたくさん伺ってきました。最後に、常に進化し続けている伊藤先生が、今後さらにチャレンジしようと思っていること、あるいは新しく取り組んでみたいことがあれば、ぜひ教えてください!
伊藤先生: チャレンジ……そうですね。実は今、改めてそう聞かれると、パッと答えを出すのが難しいんです(笑)。というのも、僕の中では今のサイクルをより高めていくこと、改善していくこと自体が、あまりにも日常の「当たり前」になりすぎていて。
市野: 「改善が当たり前」というのは、具体的にどのような感覚なんでしょうか?
伊藤先生: 常に子どもたちの姿と向き合いながらサイクルを回していると、新しい課題が次から次へと生まれてくるじゃないですか。それを一つひとつクリアしていく「改善」を止めると、なんだか気持ち悪いという感覚があるんですよね。
市野: 立ち止まったり、停滞することへの危機感のようなものでしょうか。
伊藤先生: はい。変化し続けていないと、どんどん「淀んでいく」ような得体の知れない恐怖があるのかもしれません。僕は、教師が子どもたちの本当の意味での「伴走者」であるためには、伴走者自身も子どもたちと同じレベルで学び続け、走り続けなければならないと考えているんです。
市野: 先生自身も「学びの当事者」であり続ける、ということですね。
伊藤先生: そうですね。ただ、今回市野さんに「次のチャレンジは?」と問われたことで、ハッと気づかされたこともあったんです。子どもたちには「自分は何をしたいのか」という願いを持ってほしいと言いながら、自分自身が今「本当に何をしたいのか」を問い直す時期に来ているのかもしれないなって。
市野: おお……! それは非常に深い、興味深い視点ですね。
伊藤先生: だから、「自分が本当は何をしたいのかを見つけていくこと」自体が、今の僕の新しいチャレンジと言えるかもしれません。 もちろん、がむしゃらに走り続けるだけじゃなくて、休むときはしっかり休みます。休みの日にがっつり休んでエネルギーをチャージするからこそ、次からまたエンジン全開で頑張れる。そうやって自分自身をコントロールしながら、持続可能なカタチで変化し続けることをめざします。
市野: まさに先生ご自身が「自己調整」を体現されているわけですね!
伊藤先生: そうですね。変化し続けることを「デフォルト(標準設定)」にしながら、僕自身もメタ認知を繰り返し、そのプロセスを楽しみ続けていきたいです。子どもたちと一緒に、一歩ずつ新しい景色を見に行きたいと思っています。
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